私的感想:本/映画

映画や本の感想の個人的備忘録。ネタばれあり。

『ポトスライムの舟』 津村記久子

2009-02-25 19:23:50 | 小説(国内女性作家)

お金がなくても、思いっきり無理をしなくても、夢は毎日育ててゆける。契約社員ナガセ29歳、彼女の目標は、自分の年収と同じ世界一周旅行の費用を貯めること、総額163万円。
第140回芥川賞受賞作。
出版社:講談社


僕と著者の生まれた年は同じで、1978年だ。そういうこともあってか、ここに収録された二作品には、性別は違うものの、近い年齢ゆえの共感を見出すことができる。

表題作の「ポトスライムの舟」の主人公ナガセは、30歳目前の女性で、独身、彼氏なしの契約社員だ。
彼女は小説中いくつかのことを考えるが、大別すれば、仕事、結婚、子どもを持つということ、そしてそれらをひっくるめた人生、といったところだろうか。独身の同世代が考えることは一緒らしい。もっとも女性の方が、男の僕なんかより、もっとナイーブな事情が生じるかもしれないけれど。

彼女の手取り年収一六三万は、世界一周旅行と同じ値段だ。世間一般の基準からして安月給だ。「時間を金で売っているような気がする」中で、その年収をすべて世界一周につぎ込もうと考える。
その一歩踏み出したような思いが、非常に前向きで好ましい。

その意志が彼女の生活の中で、確かな存在を占めることになるのだが、その意志自体に大きな意味はないのだろう。まじめな彼女はどう考えても最終的に古い家をどうにかすることを優先するタイプだからだ。
しかし一六三万という数字は、彼女にとってはうんざりする部分もあるだろうけれど、彼女の生活を引き締めているようにも見えて興味深い。そういう点、意志ってのは重要だな、と読みながら思う。

結婚に関しては、ナガセ自体、結婚願望は薄いのだろうっていうのが伝わってくる。
小説内では、結婚に関する嫌な側面が描かれている部分が多い。そういう例が示されている中、不器用そうなナガセに、唯一の成功例(?)のそよ乃のように愚痴をこぼしながら、上手く主婦業をやっていくようなしたたかさがあるようには見えない。
母親に孫の顔を見せた方がいいか、と考えるが(恵奈の使い方が上手い)、ナガセ自身が自分でも思っているように、この先彼女が結婚してなくても、読む限り大して違和感はないだろう。

だがそういった物事に、まったく悲観はないのだ。彼女はただ淡々と日々をつましく生きて、近しい人と仲良くし、なんだかんだで働いて、毎日を生きていく。それで充分なのだろう、っていう気もする。
彼女は意志的な部分もあり、適度な笑いもあるので、いくつか悲観に見えかねない事象がありながら、物語の底から明るさが立ち上がってくるのが印象的だ。

細部描写や、女性四人のキャラクターなどの描写が非常に丹念で、手応えが感じられるのも忘れがたい。
地味ではあるが、巧みとしか言いようのない等身大の作品である。主人公の性格と近い部分もあるので、すっと物語世界に馴染むことができる。個人的には結構好きだ。


併録の「十二月の窓辺」は、欠点を上げればいろいろある作品だ。
特に、アサオカに関するミスディレクションや、通り魔については、意図はわかるものの作者がねらったほど効果的でもなく、つくりすぎのきらいがある。

だがこの作品も細部に関する描写が鋭い。
女だけの職場で、上司がパワハラという環境を、迷惑なことに、極めてリアルに表現している。
津村記久子のインタビューを読む限り、実際に体験したことも(演出はあるだろうが)描かれているので、心理描写はかなり真に迫る。主人公の、自己否定を乱発する独白には、読みながら心の底からへこんだ。

そのため、暗い気分にはなるが、作者の観察眼の上手さを再確認する一品にはなっている。

評価:★★★★(満点は★★★★★)


そのほかの芥川賞受賞作品感想
 第128回 大道珠貴『しょっぱいドライブ』
 第134回 絲山秋子『沖で待つ』
 第135回 伊藤たかみ『八月の路上に捨てる』
 第136回 青山七恵『ひとり日和』
 第137回 諏訪哲史『アサッテの人』
 第138回 川上未映子『乳と卵』
 第139回 楊逸『時が滲む朝』

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2 コメント

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Unknown (藍色)
2009-04-06 10:57:23
こんにちは。
トラックバックさせていただきました。
三番目です。

トラックバックいただけたらうれしいです。
お気軽にどうぞ。
返信する
コメントありがとうございます (qwer0987)
2009-04-06 21:36:41
藍色さま
コメント&トラックバックありがとうございます。
早速こちらもトラックバックさせていただきました。
返信する

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